超知能がある未来社会シナリオコンテスト 2024 【佳作】


機械仕掛けの翼とともに:学術AI(SAI)がもたらす第3次科学革命

With Clockwork Wings: The Third Scientific Revolution Brought About by Science AI (SAI)

玖馬 巌 SF作家

Kuma Iwao Science fiction writer.

授賞理由:本シナリオでは未来における社会の変化を,人工知能による科学革命の点に特化して,シナリオの形で記載している.既存の技術に対する調査を踏まえ,具体的で現実的なシナリオを描いている.人工知能による科学革命自体は,現在の技術発展から考えれば十分に見通されるものであり,独創性の点ではやや評価が低くなった.ただし,本コンテスト内では十分に独自性があった.重要性は高いシナリオであると言える.また,技術動向の進歩が遅いのではないかという懸念もあったが,水準以上の蓋然性を持つシナリオであると考える.また表現手法の観点で,本シナリオは個別シナリオ1を未来の科学記事,シナリオ2を未来の論文概要として見せ,文献を違和感なく引用したうえで,シナリオ3を物語の断片として見せており,限られた紙面の中で,多面的な角度から,未来シナリオをうまく伝える表現力に長けている.超知能がある未来社会を,社会で広く議論する上で必要な手法を持った,佳作に値する作品である.個人的には,その時代に諦めずに科学を続ける人間科学者の動機の根源を具体的に示して欲しかったという気持ちもあるが,これは我々研究者側の課題と捉えるべきであろう.

1.シナリオ概要

 AIの進歩は,科学研究にも大きな影響を及ぼし始める.2030年代に一般化した学術AI(SAI)により,人間の研究者とSAIの共同研究は当然のものとなり,科学研究の担い手は人間からSAIへと次第に移り変わっていく.2040年以降,SAIが提示する研究成果は質・量ともに人間の理解水準を遥かに上回るようになる.しかしながら研究者たちは科学することを諦めることなく,SAIと共に科学を進歩させていく.

2. 年 表

2020 年から 2050 年までの 5 年ごとの動向を記述した年表.
  • 2020年の動向
    生成AIによって書かれた論文を学術誌に投稿するブラインドテストの結果が,米国の研究チームにより国際会議にて報告される.12分野・30誌の査読あり学術誌から条件付きAcceptを得たとの結果.
  • 2025年の動向
    OA系の学術出版社において,AIがピアレビューを行う査読自動化プロジェクトが試験的に開始される.論文査読プロセスの高速化や低コスト化が期待される一方で,一部の科学者たちからは懸念の声も上がる.
  • 2030年の動向
    各国の大学や研究機関において,人間の科学研究を支援する学術AI(SAI:Science AI)が開発される.日本でも国産SAIである「SEKI」が開発され,大学や企業等へのサービス提供も始まる.
  • 2035年の動向
    科学計量学を専門とする国際研究グループの調査において,同年にarXivに投稿された学術論文において,研究プロセス内で何らかの形でSAIを利用した論文の比率が20%を超えたという結果が報告される.
  • 2040年の動向
    SAI「 Leibniz」を利用した欧州の研究チームが,P≠NP予想を解決したと発表する.Leibniz が提示した証明の妥当性について,各国の数学者・計算機科学者による検証が始まる.
  • 2045年の動向
    AIが提案した新素材を利用した建造物の崩落事故が発生.調査の結果,SAI自身による研究不正が行われた可能性が示唆.科学研究におけるSAIの利用が社会問題化し,市民による反対運動も起こる.
  • 2050年の動向
    SAIによる研究成果の割合が全学術論文の90%以上に達する.SAIによる科学研究のパラダイムシフトが顕在化していく中,新世代の科学者たちは,なおも科学することを続けていく.

個別シナリオ

年表上の未来のある時期においての自然言語による記述.

3.1 科学研究の救世主となるか?:AIによる論文査読自動化プロジェクト (2025年12月)

科学研究の救世主となるか?:AIによる論文査読自動化プロジェクト 2025年12月14日 12:00

2025年12月,複数のOA系の学術出版社で構成されるOACは,AIによる論文査読自動化プロジェクトを試験的に開始すると発表した.これはChatGPTの登場以来,私たちにも身近な存在となったLLM(大規模言語モデル)を,学術論文の査読に利用しようとする試みである.

現在の学術論文の査読においては,エディターと呼ばれる編集者の依頼により,レビュワーと呼ばれる当該分野の専門研究者が論文を精査するプロセスが一般的だ.この査読プロセス(ピアレビュー)は,学術誌に掲載する論文の内容の正確性や信頼性を担保する一方で,査読に従事する研究者の負担や,査読プロセス自体の長期化が課題として挙げられている.

同プロジェクトをリードするOACのフェローであるAlan Simon氏は以下のように語る;

“現在の査読プロセスはあまりに非効率です.LLMが学術研究に対して有用であることは,既に誰もが身をもって知っています.2022年のChatGPTの登場時にNatureを始めとする学術誌はその利用ガイドラインを定めましたが,我々は次のステージへと進む時が来たのです”

LLMが事実に基づかない誤った判断を下す危険についても,Simon氏は近年の特化型LLMの研究の進展によりそのリスクは人間の専門家と大きく変わらない水準まで来ていると語る.

“われわれは皆,間違えます.それは人間もAIも変わりはありません.重要なのはそれがきちんとコントロールできているか否かなのです.正直な話,現時点でも一部のOA誌の査読のクオリティは高くありません.自動化により研究者たちが査読という苦役から解放されることは,科学コミュニティ全体の水準底上げという側面でも,必ずプラスとなります”

 上述のようにOACが査読プロセスの効率化や低コスト化をうたう一方で,科学者のなかにはこれを危惧し警鐘を鳴らす声も少なくない.国立知能学研究所の中村零・主任研究員(AI倫理研究ユニット)は,以下のように語る.

“学術研究におけるAIの利用と効率化自体は歓迎されるべきものです.しかしながらそれは,安全性を確保したうえで,可能な限り慎重に進められる必要があります.安易にそれを推進した先にあるのは,「科学自体のハルネーション(幻覚)化」です”

事実,2024年の米国の学術チームによる研究では,生成AIによって作成された論文が12分野・30誌の査読あり学術誌から条件付きAcceptを得たという調査結果が報告されている.この中には,生成AIによって描かれた架空の模式図を利用した論文も含まれていたという.

発表以来,科学コミュニティにおいて様々な波紋や議論を呼んでいる同プロジェクト.その構成員である私たちは,その成否を注意深く見極めていく必要がありそうだ.(科学部・足立)

3.2 SAI is all you need?:学術研究におけるAI利用の影響とその発展史 (2035年11月)

論文タイトル:SAI is all you need? : 学術研究におけるAI利用の影響とその発展史

著者: SEKI (SAI) , Rei Nakamura *

キーワード:SAI, Automated Research Workflow , History of science , Ethics of artificial intelligence

投稿日:2035年11月2日 10:17

論文要旨:

2030年代前半に登場したSAI(Science AI)は,科学研究におけるAIの活用を更に一段階高い水準へと押し上げた.我が国においても,2031年に国産SAIである「SEKI」が開発され,多くの大学や研究機関における科学研究で活用されている.

Simon(2035)では,同年上半期にarXivに投稿された学術論文において,研究プロセス内で何らかの形でSAIを利用した論文の比率が20%を超えたという結果が報告されている.学術研究におけるSAIの支援は,Citationの作成や英文校正といった軽微なものから,研究デザインの立案や解析手法の提案,仮説の提示などの研究のコアとなるものまで,多様なグラデーションを持つ.そのため,この20%という数字は注意深く見るべきであるが,一方でSAI存在が科学研究に不可欠になり始めているということは事実である.

このSAIの開発と利用拡大の背景には,2010年代以降,ひとつの独立した研究分野として再編成され研究が行われてきた,研究の自動化(ARW:Automated Research Workflow)分野における知見の集積が大きく寄与していると思われる.同分野における様々な取り組みについては,現場の科学研究者たちが重要性を認識している一方で,その科学史的な整理や位置づけについては,まだ充分な取り組みが成されていない状態であった.

本研究では,まず上述のような2035年時点でのSAIの学術研究における状況をSimon(2035)及び,国内外の科学者たちへのインタビューによる定性的調査の結果をもとに簡単に概括する.その上で,2010年代から20年代に行われたARWの主要な研究成果を整理したうえで,それらがSAIの開発および利用に対して,どのような影響を及ぼしているかを考察する.

情報開示:本論文は国立知能学研究所の中村零(AI倫理研究ユニット・ユニット長)によって,学術AIである「SEKI」と共同執筆されたものである.本論文は人間の専門研究者によるピアレビューを受けており,その記述内容の文責は責任著者である中村零に帰属する.

3.3 機械仕掛けの翼とともに (2050年6月)

《――今回提案する新手法は,目的タスクに対し従来手法よりも高いACCを示し,そのロバスト性と計算量の小ささからもSoTAとなることが期待されます》

学会が開かれているVR空間上のルームで,わたし,中村イチカは自身の研究成果を説明していた.来訪者の波が一通り収まった時,誰かがわたしにおもむろに声をかける.

《やあ,イチカ》

《関さん! ご無沙汰しています》

 わたしは大学院時代の指導教官である関さんに笑みを浮かべて答える.彼女は世界中に数えきれないほどの教え子をもつ,わたしが最も尊敬する研究者だ.

関さんはわたしのポスターをざっと一読し,あごに手を当てて言う.

《なかなか興味深い成果だ.SAIは何を使ったのかな?》

《TAKEBEです.良い感じですよ》

《なるほど.今度「話して」みようかな.ロートルである私がついていけるといいのだけど》

《相変わらず冗談がうまいですね》

 笑うわたしに対して,関さんは心外だとばかりに肩をすくめる.

《若いSAIと話すのは大変だよ.新世代SAIによる研究不正調査に関わった際にも感じたけど――全く異質な存在だ.クーンの「通約不可能性」とはまさにこのことだね》

《「通約不可能性」?》

 問い返したわたしに対し,関さんはアバターの目を丸くして言う.

《驚いた.レイが聞いたら絶対怒るぞ.関,イチカにどういう指導をしてたのかってね》

《それは大変.母にバレる前に,こっそり教えてくれますか?》

 わたしの発言に関さんは苦笑したのち,魔法使いのように指を振る.間もなくわたしのメールに,ギフトとして一冊の電子書籍が送られてきた.

《トーマス・クーン「科学革命の構造」.科学哲学における古典さ》

《 聞いたことあります.パラダイムシフトの考え方を提示した本ですよね》

《そう.時に科学者にとっての科学哲学は,鳥にとっての鳥類学のようなものだと言われるけど――私たち科学者は,鳥は鳥でも知性ある鳥だ.自分たちがなぜ飛べているかについて,考えることは決して無駄じゃない.SAIという機械仕掛けの翼が授けられた今では,尚更ね》

それからしばらく雑談した後,関さんは来た時と同じように風のように去って行った.

学会が終わり,VR空間から抜け出たわたしは,チェアに深く沈み込み一息つく.

関さん――日本初のSAIであるSEKIは,生まれて今年で20年となる.人間を遥かに凌駕する速度で研究成果を出し続ける彼女は,人間の理解を遥かに超えた存在だ.彼女たちSAIの登場は,まさしくパラダイムシフトであり,わたしたちはその渦中にいるのだろう.

未来の科学は一体,どのような姿になっていくのだろうか.SAIという機械仕掛けの翼は,わたしたちをどこに連れていくのだろう.それは誰にもわからない.ただ一つだけ確かに言えることは,わたしたち研究者は,科学することを決して止めないだろうということだ.

今晩は久しぶりに日本に住む母と通話でもしようか.関さんから貰った「科学革命の構造」の表紙を眺めつつ,わたしはふと思った.

参考文献


  • 主催:AIアライメントネットワーク

  • 協賛:人工知能学会

  • 協賛:トヨタ財団助成プロジェクト「人工知能と虚構の科学:AIによる未来社会の想像力拡張」